■SVP2002年度総会レポ−ト


北米古代生命博物館 トルヴォサウルス組立骨格


○行ってはいけない/行ってよーし!

 で、次の日。今日も早朝、まだ明けきらぬ時間から空港へ向かい、
今日はデンバー経由でソルトレイクシティである。

 すでにこの町には何回来たかわからないが、それでも、ここを拠点
として半径数十km以内には、何度見ても見飽きることのない恐竜・
古生物関連の展示がひしめき、しかも年々そのグレ−ドは向上して
いる。今回筆者がここを訪れたのは、ソルトレイクシティから南へ30
分ばかり車で走ったところにある、2001年に開館したばかりの新しい
博物館、「北米古代生命博物館」に行きたかったからである。

実は2002年の3月、筆者はすでに一度ここへ来ているのだが、その
時は限られた時間でできるだけたくさん写真を撮るというあわただし
い取材のためであり、今度は自分だけのためにゆっくりここの展示を
見たかった。なにしろ、その時の印象が圧倒的だったのである。

 空港からタクシーに乗り、まずはダウンタウンのモーテルに直行。
やっぱり、アトランタのそれよりははるかに明るく清潔で居心地がよ
い。まあ、勝手知ったるおなじみの町という意識もその好印象を後
押ししてはいるのだろうが。

 支度を済ませると、さっそく表でタクシーを捕まえ、目的地を告げる。
博物館は、ソルトレイクシティから南のプロボ、つまり、かのブリガム・
ヤング大学とその地球科学博物館のある町へと向かう幹線道路の
脇に造られた、サンキスギビング・ポイントなるリゾート・パークの一
角にある。アメリカの田舎を車で走っていると、よく道路脇にこんな
テーマパークみたいなものを見かけるが、それらに共通する最大の
特徴は、ともかく車がないとまったくアクセス不可能な立地にあると
いうこだ。プロボまでのバスには何度も乗ったが、そのバスもここは
素通するようで、結局はタクシーを使い、帰りの時間も指定して拾い
に来てもらうより他はない。ソルトレイクシティから、往復でたっぷり
100 ドルはとられる。しかし! 悪いことは言わない、あなたも古生
物ファンのはしくれなら、たかだか100 ドルの出費をケチってあとあ
と後悔しないよう、ここだけははずしちゃいけません。
絶対に損はしないよ。

 建物の外側にでっかくテゥラノサウルスの絵を描いた博物館を最
初一目見た時、たいがいの恐竜ファンなら、だいじょうぶかなここ、
と一瞬不安が胸を横切るかもしれない。最近よくある、大量生産の
安っぽいキャストとケバい塗装のロボットだけでお茶を濁したあの手
のやつか、と思ってしまうのである。だが、正面玄関を入った瞬間、
おっとまず驚かされるのは、いきなりトルヴォサウルスの組み立て
骨格、しかも足元にはオスニエリアの群れという、渋いセレクションが
でむえてくれることだ。トルヴォサウルスそのものは昨年幕張におい
て展示されているから、もうかなりの人にとって珍しいものではない
だろうが、筆者の把握しているかぎり、これを常設展示にしたのはこ
こが最初だ。

 チケットを買って中に入ろとすると、嬉しい驚きが待っていた。つい
半年前には、展示スペ−スに入るとすぐ多数の骨格が並んでいたの
に、今回はその前に新しくクリーニング・ルームを眺められるスペー
スが出来ており、しかもガラスのすぐ向こうには、ステゴサウルスの
皮膚の印象化石だとか、未記載の中型獣脚類のクリーニング骨格の
根だとか、実にこちらのツボを突くお宝が並んでいる。手前のフロア
の上にも、カマラサウルスの腰帯が無造作にでんと置いてある。作
業スペースの中では、ジャケットに包まれたままの標本がごろごろ
転がり、数名のプレパレーターが作業に没頭している。・・これは、単
なる通りすがりの家族連れ相手の見せ物博物館ではない、本格的
な恐竜研究施設であるということがひしひしと伝わってくる。こりゃ、
近いうちに紀要の観光も始まるかも知れない。今後急成長必至の
◎博物館だ。

 ここからさらに奥へ進むと、ようやく以前に見た常設展示にたどり
つく。まずは、ここ以外のどの博物館にも今のところは置いていない、
ここに収蔵されたタイプ標本にもとずく小獣脚類、タニコラグレウスが
お出迎え。展示のセンスが実に今風で、ガラスケースの向こうには
タイプ標本、組立骨格の1体は頭上に渡した丸太の上から下を狙い、
もう1体はオスニリアの骨格を追跡中、さらにそのシーンをライフモデ
ルで再現している。

 さらに進むと、目の前にはどーんとそびえるスーパーサウルス・ヴィ
ヴィアナエの推定復元骨格が。。まあ、これだっえ実際にほとんど想
像の産物には違いないのだが、少なくともこっちには体の各部の骨
はあるし、確実にディプロドクス科であることも判明している。アルゼ
ンチノサウルスほど徹底した胡散臭さは感じない。参考程度には十
分なるだろう。この骨格の全長は110 フィートと説明には書いてある
が、実際には120 フィートあるという話があちこちから聞こえてくる。
ほんとうなら、こいつはセイスモサウルより僅かに大きいわけだ。そ
の横にはブラキオサウルスも置いてあり、こちらは歩いて腹の下を
潜れるようになっている。カミナリ竜マニアにはたまらない展示であ
る。

 そして、その周囲に散らばるのは、ユタラプトルにヘスペロサウル
ス、ガストニアの親子にガーゴイロサウルス、ケラトサウルスの骨格
2体入りのジオラマもあれば、ディプロドクスの亜成体の頭骨もある。
総じてここは、よその博物館では見られないもの、地元にゆかりの
ものを重点的にお見せしようとのポリシーが貫かれており、それが恐
竜ファンの心をくすぐってやまないのである。

さらに奥へ進めば、これは何とも豪勢な、ティラノサウルス2体の対決
シーンを中心に、オルニトミムス(どこにもあるようでいて案外どこに
もない)の3体セット、初めて見る標本に基づくトリケラトプス、エドモン
トサウルスの親子にテスケリサウルスが2体、パキケファロサウルス
2体の頭突き勝負に、おっとこれは珍しいバンビラプトルの組み立て
骨格、各種の卵化石にクリーニング途中のプロトケラトプスという北米
以外のゲストも若干混じり、お次の部屋は、ばかでかいアーケロンを
目玉にモササウルス、クビナガ竜が乱舞する海棲爬虫類のジオラマ
となり、ここを抜けると今度は新生代哺乳類がぎっしりと並んでいる。

もう、フィルムもメモリーもいくらあっても足りやしない。よほど根を詰
め、時間を有効に使わないと、とても2時間や3時間では見切れない
驚異の博物館である。こんなものが殺風景な地方都市の外れの道
端になにくわぬ顔で転がっているのだからアメリカという国は恐ろし
い。

 まあ、この博物館の唯一の欠点をあげるとすれば、ショップがしょ
ぼいことくらいだろうか。これだけハイレベルの、マニア好みの展示
を見せるくせに、ショップで売っているのは本当に小学校低学年に
ターゲットを絞ったしょーもないおもちゃばかり。せめてオリジナルT
シャツでもないかと探しても、あの絵柄じゃ10歳以上の子供は着る
ことを拒否するだろうと思われる。この博物館なら、専門書を置いて
も、紀要を発行しても必ず売れるはずだ。次回はその点が改善され
ていることを大いに期待する。

 結論。ここを見ずして恐竜オタクを名乗るなかれ。ここは筆者にとっ
て、アメリカの見なきゃならない博物館ベスト5に新たにランクインし
た、中西部最大の見どころである。 あー今度来る時が楽しみだ。
次はいつ来れるかな、などと、満ち足りた思いで今日の記憶を反芻
しつつ町へ帰る。まだ時間もたっぷりあることだし、今日は寛ごう。

 ソルトレイクシティはオリンピックを境に大分雰囲気が変わった。
以前は、宗教都市らしい、静かだけれど厳格なムードもただよう町
だったのが、今ではすっかり夜もにぎやかな町となり、すごくいい雰
囲気のいいブリュワリー・パブもあれば、こんな山の中の町である
ことを忘れてしまうようなシーフード・レストランもある。

でも、筆者がこの町へ来るとどこよりも真先に尋ねるのは、メイン
通りに面した「TP Gallery」なるトレーディング・ポスト、つまり、イン
ディアンの工芸品を売る店である。最初にここに来てから、かれこ
れ20年近くになるだろうか。この店で働いているナヴァホ族のミセ
ス・ウォッチマンがとても親切な人で、この人にずいぶん各部族の
工芸品の特徴などを教えてもらった。筆者のお目当ては、南西部
のプエブロ系諸族が作るシードポットと呼ばれる伝統文様の小さ
な壺である。今では、もう実用性は失い、工芸品としてのみ作られ
ているが、まあ日本の根付のようなもので、その部族ごとにモチー
フの決まった細かい絵つけは見ていて飽きることがない。

 今回も、新作とともに、最近注目の作家などの新情報を仕入れ、
心も軽く店を出れば、そろそろ町も暮れはじめ、通りには街灯がと
もり、レストランやパブのネオンが瞬きだした。さーて、今夜はどこへ
いこうかな。

 というところで、もう恐竜のネタも尽きたことだし、ここらでお開き
としましょうか。
ご退屈様でした。


クリーニングルーム


ステゴサウルス皮膚印象化石
ワイオミング モリソン層


カマラサウルス腰帯


タニコラグレウス タイプ標本


タニコラグレウス組立骨格


スーパーサウルス推定復元骨格


ユタラプトル


バンビラプトル


ヘスペロサウルス


ガーゴイロサウルス


TP Gallery ミセス・ウォッチマン


TP Gallery シードポット


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