ベッドに横になったと思ったらたちまち意識がとぎれ、気がつけば 朝だった。さっさと身支度を整え、外にでると、今日はあいにくと肌 寒い曇り空である。が、なあ雨さえ降らなけれそれでよしとしよう。
朝飯は適当にバナナやスナックですませ、モ−テルを引き払い、 さっそく現場へと向かう。今日は、この斜面を慎重に掘り崩し、埋 もれている化石を探すのである。
斜面に刻まれた水流の跡(トレンチ)にはみな記号が振られてお り、筆者はその内の「K」を受け持つことになった。例の、アイスピッ ク様の探針で、もろい斜面の表面をただひたすら数ミリ刻みでつつ き崩して行く。その内針先にかちりと当たるものがあれば、掘り出し てよく調べる。ともかく地味で単調な仕事である。
なかなか手応えらしきものがない内に、30分が過ぎ、1時間が過 ぎる。われわれのすぐ横を、毎分1、2台のペ−スで、でかいトレ− ラ−や馬を積んだ輸送車や、ヤマハのバイクをウィリ−させたオクラ ホマの田舎のあんちゃんなどが通りすぎて行く。しかし、たまには 我々の姿を目に留め、わざわざ車を止めて覗きにくる地元民もいる。 やっぱり道路脇での発掘作業というのはいやでも目につくに違いな い。
と、そのうちの1人が、お2人と親しげに話を始めた。おや、顔見 知りかな、と思ったら、実はこの方が、サム・ノ−ブル博物館から 助っ人に駆けつけて下さった、同博物館のプレパレーター、カイル・ デイヴィス氏であった。見るからに気さくなアメリカンだが、筆者と 初対面の握手を交わした時、「こんにちは。初めまして」と、正確な イントネ−ションの日本語で挨拶されたのにちょっと驚いた。・・今 にして思えば、なぜ彼が日本語を多少でも解するのか、この時気 がついてしかるべきだったのだろうが。
デイヴィス氏はトーシローの筆者のサポ−トについてくれること となり、さっそく持参の道具箱を持ってKトレンチの反対側に腰を 下ろす。考えて見ると、今回地元の研究者と親しく言葉を交わす のはこれが初めてだ。手を動かしつつ、たあいもない恐竜オタク 談義に花を咲かす。わたしあなたのはくぶつかんでさうろふぁが なくすみたあるよ。あなたあれほんとにあろさうるすとべつもの おもうあるか? いや、多分あれはアロサウルス属の一番大型の 種、というのがせいぜいじゃないかな。新属をたてなきゃならない ほどの違いがあるとは私には思えないね。そーいえば、じもとで みつかったあくろかんとさうるすはてんじしてなかたあるな。いや、 あれは地元ったって、オクラホマの一番西の端のほうだからね。 ほら、オクラホマはテキサスの北側を西の方まで伸びてるだろう?
白亜紀前期の地層はあの辺まで行かないとないんだ。おっと、蚊 には気をつけなさいよ。西ナイル・ウイルスの感染者が最近この 辺でも出てるからね。・・てなことを言う内、もう昼時分である。すで にだいぶん斜面を掘り下ってきたが、いまだ何の手応えもない。 たまに土くれの隙間からちょろちょろ出てくるのは、糸くずのように かぼそいムカデの赤ん坊かゴマ粒のようなクモの子ばかりだ。ちな みに、ここには幸いブラック・ウィドウのような危ない毒グモはいない らしい。
ま、何はともあれ昼飯だ。道路を100
メ−トルほど坂の上の方に 戻ったところに、都合よくガス・スタンドがあり、そこの売店にはテ− ブルと椅子も置いてある。さすがにこのへんは鷹揚なもので、われ われが持ち込みのパンやハムやチーズでサンドイッチを作りはじめ ても何も言われない。もっとも、その後筆者が1人でトイレを借りに 来た時、店内で缶ビールを買って店の外へ持ち出し、さあ飲もうと すると、たまたま店の中で休憩していたらしい警官がでてきて、ミス ター、それはだめだ、缶を捨てなさいという。はあ? と思わず聞き 返すと、実はここはインディアン・リザベ−ションの中なので、州法 ではなく独自の法律があり、酒はご法度なのだそうな。あーなるほ ど、それで隣には小さいながらもカジノの看板を掲げた建物がある んだ。残念ながらビールはそのまま屑籠行きとなったが、これもア メリカならではの体験と納得する。しかし、売る方は堂々と売ってい るのだから、家の中で飲む分にはかまわんのだろう、きっと。
さて、腹も満ちたし、仕事に戻るとするか。再びトレンチKに腰を下 ろし、デイヴィス氏とともに作業を開始。もう話す話題も尽き、ただ 黙々と手を動かし続けることはたして何分たった頃か、ふと指先に 固いものの手応えが伝ってきた。
ん? 何だこりゃ? 指先をもろい土の中につっこんでまさぐると、 確かに何か、小さな円筒形のものがそこにある。目の前にそれを 近づけ、土を払ってまじまじと見つめる。
時に西暦2002年10月14日、米中部標準時午後2時55分。 「ビンゴ!・・とおもうあるよ」 さっそくキッセル氏がやってきて、そのちっぽけな骨ためつすがめ つした後、にっこりとうなずいた。間違いない。オフィアコドンの尾椎 である。
苦節5時間、ようやく筆者は骨のまとまっている水準に到達したら しい、続く数十分の内に、筆者は同じ水準からさらにいくつか尾椎の かけらを掘りあてた。しかも、心なしかこれらの骨は列をなして斜面 の奥の方へ続いているような気がする。いや、これはひょっとすると、 これ以上筆者が下手に手をつけない方がいいかもしれない。協議 の結果、キッセル氏と新谷さんは予定を変更し、明日もこの現場で 発掘を行うことに決まった。
それはよかった。筆者ごときでも何かのお役には立てたということ でしょうか。まずはもって冥すべし。
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