博物館訪問記

群馬県中里村恐竜センターモンゴル恐竜化石特別展

「モンゴル恐竜最前線の集い」

 97年6月8日、中里村恐竜センターでの催しの報告です。なお、お知らせでは バルスボルド博士の講演のほか、モンゴル茶で休息、モンゴル遊具(シャガー) で遊ぶ休憩時間が設定されていましたが、参加者の質問などでシャガーに触れる 余裕はありませんでした。私自身は午後の部に参加しました。もっとも現地に 着いたのが11時頃だったので、一部、午前の部の説明も聞いています。
 なお、バルスボルド博士は当然モンゴル語で説明し、それを通訳のオユンナさ んが訳したのですが、私はそれをメモる時に簡便に書いたので、言葉は一部 違っています。また、シャッターを押す間に説明が進んだり、通訳の言葉が 聞き取れなかった部分もあります。メモれたのは、全体の50%位でしょう。
また、間違いがあったとしたら、それは私の責任です。

多目的ホールでの説明

 多目的ホールは結構広い作りで、当日セットされた椅子でも100人くらい入れた と思います。入ると、まず説明のパンフレットとモンゴル茶の紙コップ(味は バター茶のような感じ)を渡されます。正面壇上の黒板には、卵を抱いた オヴィラプトル化石とオヴィラプトル胎児の拡大写真が貼ってあります。
 主催者挨拶のあと、バルスボルド博士が壇上で説明に入ります。
「今年はモンゴル恐竜化石の展示をアジアとヨーロッパを含め、3箇所で開催 しています。中里村、名古屋(東山動植物園”こんにちは!恐竜家族”)、 ロンドンです。ロンドンで、『どうして中里村で展示をしているのか?』と よく、関係者に尋ねられました。中里村で展示をしている14体の化石は、質の面 では世界的なものです。これから、その簡単な説明をします。
 14体プラス名古屋から2体の化石が来ています。その一つはオヴィラプトルの 胎児です。その大切な点は、どの種の恐竜なのか判ること。オヴィラプトルの ものと、はっきり判っています。その卵の殻を研究したところ、今まで70年間 プロトケラトプスのものとされていた卵がオヴィラプトルの卵と判明していま す。
 この写真は、卵を抱いたオヴィラプトルです。この解説として3つが考えら れます。
1.この恐竜が卵を産み続けている。
2.敵から守っている。
3.卵を温めている。
私の見解は、温めているポーズだと思います。理由は、後肢が曲がっている、 言い換えれば、卵の上に座っている。このポーズは温血の動物しかできません。
 オヴィラプトルは、比較的頭が大きかったのです。ティラノサウルス、 タルボサウルスとオヴィラプトルの体全体と頭の比率では、オヴィラプトルの 脳はかなり大きいです。中里村の展示では、オヴィラプトルの仲間の一つ、 インゲニアが展示されています。この体長は1.5m、ティラノサウルス、 タルボサウルスは体長15m。両者は、体重の面では大きな差がありますが、脳の 面では一緒でした。オヴィラプトルは、脳の面で利口でした。脳の大きいのは、 温血動物の特徴です。また、温血動物だけが卵を温めます。
 モンゴルでは、オヴィラプトルの発見例が幾つかあります。例えば胎児、こう いった珍しい特徴の発見のおかげで、オヴィラプトルの研究は、世界の最先端を 行っています。一般人のイメージでは、恐竜といえばティラノサウルスを イメージします。勿論、ティラノサウルスは大型で力強い。しかし、アジアで 見つかったオヴィラプトルは、小型で知性が高い。毎日卵を温めていたかもしれ ないし、赤ちゃんの世話や子育てをしていたかもしれません。当時の恐竜の 世界を代表するのは、大型恐竜だけでなく、利口で温血だったろう中央アジアの 恐竜かもしれません。十分、代表できるものです。
 これからの中里村の恐竜展では、オヴィラプトルの脳に関する資料を持って 来たいです。その時、皆さん、またいらしてください。では、ほかの恐竜の 説明は2階でしましょう。」

ハドロサウルスの幼体化石について

「これは孵化して数日のものです。保存は良い。指先と厚さが足りないが、大体 完全な状態です。この特徴は、比較的、頭が大きい。口先が小さく、眼が大きい。 人間の子のように可愛く見えるかもしれません。大人の背丈は14〜5m、口先も 伸びます。大人はそれほど可愛くないかもしれません。人も動物も、赤ちゃん は親から可愛がられます。」

オヴィラプトルの胎児

「下には2本の脚があります。脚と肋骨だけでは種類がわかりません。頭と鎖骨 でオヴィラプトルと判ります。同時にプロトケラトプスの化石も見つかりました。 同じく卵も見つかっていたので、プロトケラトプスの卵と70年間思われて いましたのが、90年代初めのこの胎児の発見で、その考えが変わりました。 その理由は、卵の表面がほかのプロトケラトプスの卵とされてきた卵と同じだっ たからです。」

サイカニア

「名前の由来は、ゴルバン・サイハン(三つの美しい山という意味)山地の近く で発見されたので、サイハンからサイカニアにしました。(と言うことは、単に 美しいという事ではなかったんだ!)美しいからではありません。もっとも、 恐竜学者が見れば、美しいと思うかもしれません。鎧もそろっている完全なもの です。体の横側にも鎧がついています。しかもこれは骨質の鎧です。この上に 角質の鎧が付いて、これはもっと長かった、骨質の2〜3倍大きかったのです。 その意味で、とても貴重な面白いものです。この組立は、日本の専門家と協力 して、とても美術的にも上手にできました。これは恐竜を研究している国よりも 上手くできました。」

闘争(格闘)化石

「右の寝ているのは、肉食のヴェロキラプトル、左側は草食のプロトケラトプス です。草食恐竜の頭を前肢で押さえている状態がわかります。鋭い爪を腹に突き 立てています。両方、その状態で死んだのです。ヴェロキラプトルの右前肢が プロトケラトプスの口に入っています。中里村で世界初公開です。クリーニング もここでしました。26年まえに見つかったものですが、今でも学界で話題になっ ています。」

ガリミムス、ガルディミムス、ハルピミムス

「この3体の恐竜は、全部ダチョウ恐竜です。ガリミムスは新種で、特色は 歯が無いことです。ガルディミムスの名は神話の鳥(ガルーダ)からとりました 。同じく、歯がありません。何がエサかわかりませんが、多分、昆虫ではないで しょうか。ダチョウ恐竜の中で一番古いのがハルピミムスです。下顎に、まだ2 ・3本の歯があります。グループ全体の先祖の特徴を示しています。この姿勢は 発見された時のままの形です。」

ホマロケファレ

「これは全く違うグループの恐竜です。頭骨上部は結構厚かった。15cm位。 その理由はわかりません。たぶん、争った時に頭でぶつかりあったのでし ょう。
 尾は力強く、筋力が強かった。見えるのは筋肉の筋。この尾で何をして いたかはわかりません。」

ヴェロキラプトル頭骨

「歯が曲がった形をしています。歯の間に結構隙間があります。エサは 闘争(格闘)化石でよくわかります(プロトケラトプスなど)。その時代 には狼のような行動をしていたかもしれません。負ける可能性は闘争( 格闘)化石でわかります。」

恐竜卵

「モンゴルは恐竜卵の種類が多い。長さ2〜3cmの小さい卵から楕円形の 20〜30cmのものまで見つかっています。こういった卵は大きい砂利のよう な地層から見つかっています。」

バガケラトプス

「バガとは、モンゴル語で小さいという意味です。プロトケラトプスの仲間 です。本当に小さかったのかもしれません。発見された時の姿のままで、 クリーニングされていません。」

インゲニア

「オヴィラプトルの一種です。下顎の構造がとても面白い。歯がない。 しかも、何かを力強く噛む形の口をしている。エサは二枚貝でしょう。 最初、アメリカの学者が発見したとき、卵泥棒としました(オヴィラプト ルのこと)。当時、アメリカの学者はクリーニングの時に卵をはずしまし た。後に自分の卵の上に座っていることがわかりました。
 インゲニアの名は無人のゴビのインゲニ○○(ゴビといったかもしれません) で見つかったためです。インゲニとは、野生のメスのラクダという意味です( 地名説の勝利でした)。
 モンゴルでは脳の形の塊が見つかりました。ティラノサウルスと比較すると 体は小型だが脳のサイズは大きかったとわかります。モンゴルのタルボサ ウルスの脳の入る空洞のサイズは120〜130立方cm、一方インゲニアの体長 はタルボサウルスの10分の1ですが脳の体積は60〜70立方cmです。脳は頭 の中の空間全部を占めるのではありません。タルボサウルスの脳の体積は 空洞のサイズよりもっと小さいのです。インゲニアの脳の体積はそのまま の数字です。脳が大きくて利口なので、温血だったかもしれません。抱卵 していたかもしれません。」

サイ

「哺乳類なので恐竜の展示から離しています。人類の時代、マンモスの時 代にいました。良い展示物になっています。」
(ここで説明が終わったと博士は勘違いしていったん挨拶しました)

モノニクス

「小さいので忘れていました。アメリカのある学者は、これを鳥と見てい ます。鳥の特徴も持っているが肉食恐竜の特徴も持っています。
モノニクスの前肢はとても力強い。体と比較するととても短い。指1本、 短くても力強い筋肉を持っていたとわかります。何をしていたかはわかり ません。後肢はかなり長いです。
全体の特徴は恐竜。鳥の特徴もいくつか持っています。そういう面白い ものです。多分、恐竜時代の最後の段階のものでいろいろ面白い特徴を持っ ています。肉食恐竜から鳥が発生したいろいろな道があったのでしょう。
残念ながら70年前にアメリカ人が発見した時に大したものでないと倉庫に 入れてしまいました。その後モンゴル人が発見し、70年後に新種とわかり ました。残念なのは70年前のアメリカの学者がその発見を知らずに亡くな ったことです。我々も研究しているが、わからない事も多いのです。中里 村の将来の学者が解明するでしょう。」
(ここまでで説明は終わりです。これからは参加者の質問に答えたものです。)

質疑応答

質問:闘争(格闘)化石のプロトケラトプスの前肢が無くなっている 理由
「私も長く考えていた面白い質問です。前肢が無いだけでなく、肩甲骨も違う 方向を向いています。死んだ当時に何かあったと思います。違う方向を向いて いる状態は、他の動物に前肢を引っ張られた、死んだ途端に埋まった状態の時 に他の恐竜が噛んで引っ張った、闘っている時に他のプロトケラトプスが守っ て引っ張ったかもしれません。これが判れば死んだ理由がわかります。」

闘争(格闘)化石の発見された場所の土質は?
「砂、水辺の砂丘の砂です。アメリカの地層研究者もそういう考えです。水とは 関係ない砂丘の砂と見る説もあります。」

ニューヨークの自然史博物館のオヴィラプトルの抱卵化石について、 卵が15個以上あるが、1匹が産んだものと考えるか?
「そうです。半日とか1〜2時間の間に1匹が産んだと考えられます。同じ ものの発見がモンゴルでありました。これからクリーニングします。中国で も1年半前にありました。最初の発見はモンゴルで70年前でした。70年経っ て抱卵化石と判りました。また70年経ったら、この考えは違っているのかも しれません。」

今までプロトケラトプスの卵とされていた物は、全てオヴィラプトル の卵なのですか?
「全部ではありませんが、ほとんどそうです。」

卵がそんなに多いとすると、オヴィラプトルがそんなに沢山いるのは 生態系のバランスの面から見てどうなのでしょうか?また、プロトケラトプス の成体は多いが卵は少ない、オヴィラプトルの成体は少ないが卵は多いとなって しまいますが。
「それに答えることは難しいですが、プロトケラトプスは胎生だったかもしれま せん。70年前のアメリカ人は成体も多く、卵も多いからプロトケラトプスの卵と したのでしょう。オヴィラプトルは卵の上に乗っているケースも多く、結構見つ かっています。闘争化石はとても珍しいものです。本当に生きている環境の中で 何度もあるケースは、必ず化石として残ります。だから、闘争も当時の環境では 沢山あったのでしょう。
現代の鳥も種類は多いが、卵は似ています。恐竜の卵も今はまだ詳しく違いは研 究されていません。現代の鳥はサイズ・色で研究できますが、恐竜卵にが色はあ りません。もしかするとオヴィラプトルの卵とプロトケラトプスの卵は殆ど同じ だったかもしれません。70年後には何の卵というのかわかりませんね。」

ヴェロキラプトルは集団で狩りをしたでしょうか
「集団生活の証拠はあまりないから難しいです。足跡を研究している人々は、多分 、集団生活をしていたと言っていますが、本当のところはわかりません。私は足跡 の専門ではないので、その事は否定できません。来年、ポルトガルで足跡の研究の 国際会議があります。ポルトガル国内の27箇所から足跡が見つかっています。その 準備会のメンバーには大統領や首相も入っています。国全体が研究の支持をしてい るのは、とても良い事です。その意味で中里村が幅広く活動しているのは、有り難 いことです。」

サイカニアの腰部のアーチ状の骨は恥骨ですか
「これは恐竜の仲間に入るかどうかも問題です。恐竜だとしたら異常な状態です。 (ヨロイ竜の仲間には恥骨は無い。アーチ状の骨は座骨)」

サイカニアの後肢にも装甲はありましたか
「あったと思います。しかし、発見時には付いていませんでした。」

前肢の装甲の並び方は発見時の状態ですか
「発見時、このままの並び方でした。右側体側の装甲は左側と比較して足りない ものを足しました。」

モノニクスの胸骨について、小さい、平たくないが、鳥と関係あると言え ますか?
「それが一番面白いところです。腕を内側に曲げる筋肉の働きは鳥の特徴です。 アルゼンチンの研究者がこれを研究して鳥と言っています。
始祖鳥を鳥と見るか恐竜と見るか、骨格全体を見ると小型肉食恐竜。
フランスの作家ベルコールの小説で人間とサルの間の子をヒトと見るかサルと見る かという問題が出てきます。それを殺すと殺人になるのか、動物を殺したことにな るのか。発見が少ない時代は、分類は簡単でしたが、多くなるといろいろな問題が 出てきます。」

モノニクスの説明プレートにAvialeとなっていますが?
「始祖鳥とモノニクスは鳥に近いとしています。」

(闘争化石の)ヴェロキラプトルの肋骨について、グレゴリー・ポールは 枝分かれしているから鳥に近いと言っています。が、私には別の骨が付着している ように思えますが
「面白い問題です。枝分かれしていますが、その理由はわかりません。」

「専門的な質問ばかりで私は困ります」(笑)
予定時間を超えての質疑だったので、これで終わりになりました。シャガーで遊ぶ 時間はありませんでした。